未来型店舗体験とは何か

EOTF(Experience of the future)
それは「未来型店舗体験」という意味を示すマクドナルドの経営戦略だ。
ファーストフード店での未来的な体験とは、一体どういうことなのだろうか。

この動画は公式に公開されたEOTFの意匠を明確に表したものだ。
この中で店舗デザインやデジタルサイネージ自体は別にどこでもやっていることで目新しさは無い。こと今回の目玉は三つ。

  • ゲストエクスペリエンスリーダー
  • テーブルデリバリー
  • モバイルオーダー

今のタイミングで正式な発表が成されていないゲストエクスペリエンスリーダー
通称ジェル
それもそのはず、ファミレスのウェイトレスのようにアテンダントを配置し、サービスアップをはかるという試みであるそれは、私の行く神奈川の店舗でもまだ始まっていないほど、未導入の店もまだまだあるから、宣伝するわけにはいかないのだろう。
とは言え、2020年までに全国の店舗で開始するそうで、2019年の夏までにほとんどの店で開始されると聞く。
ちなみに、ゲストエクスペリエンスリーダーは、沖縄では全店導入が済んでいる。地元紙でも採りあげられるほどの話題性がある。

テーブルデリバリーは、文字通り席まで商品を届けてくれるというものだ。
オーダーを済ませ、プラスチックの番号札を持って行き、席で着席していると、クルーが注文の品を持ってきてくれる。

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セルフサービスを頑なに続けてきたマクドナルドにおいて、ある意味革命的なフィーチャーである。特にお子様連れや両手に荷物を持った客には喜ばれるサービスだろう。

そしてモバイルオーダー
これについては、特定の店でサービスが実験的に行われており、全店で体験できるわけでは無い。
スマホアプリでオーダーするものを先に選び、店に着く前に支払いまで済ませられるそうだ。つまり、スムースなオーダーと支払いができて、混雑緩和に繋げるという施策だ。

これらをもって、包括的に「未来型店舗体験」を強く推しだしている。

様々な不祥事を繰り返し、多くの客が離れ、一時は海外ファンドに買収される話まで出るほど経営は逼迫し、店は閑古鳥が鳴くほどだった。しかし、このブログでも再三採りあげている通り、マーケティング頼りと冗長的なプロモーションの相乗効果で、客足が戻りだし、今となっては店も大行列が毎日できるようになった。
この多客時に、サービスアップを謀り、顧客満足度を一気に高めたいという思惑があるのだろう。

しかし、そこに問題がある。

異常なまでの客の動員に日々店は戦場と化している。店の外まで伸びる行列、座る席が確保できずに右往左往するファミリー客、あふれかえるゴミ箱。テーブルもなかなか拭きに来ない。
こんな状況で働き続け、今マクドナルドの従業員はとても疲れている。そして、そこにやってきたのがこの”EOTF”だ。

日本人による日本人のためのサービスではない。これは世界のマクドナルドの潮流に合わせ、日本にそのシステムを直輸入したものだ。しかし、世界のマクドナルドと日本のマクドナルドは同じではない。店の設計、メニュー、調理方法、テーブルデリバリーのやり方、ゲストエクスペリエンスリーダーの仕事、ここは世界共通ではない。

海外のマクドナルドは「平屋建て」が多いが、日本のマクドナルドは「ビル」が多い。お客様のテーブルに商品を届けると簡単に言ってもそうはいかない。誰でも一度は経験したことがあると思うが、階段で2階席、3階席に移動するタイプの店が日本にもとても多い。

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そもそもセルフサービスの店だから、配膳のことなんて何も考えてはいない。客は階段なりエレベーターなりでフロアを跨ぎ好きな席を選んで着席するスタイルだ。しかし、いざテーブルデリバリーをしようとすると、この階段の昇り降りがとても大変だし、想像を超える重労働と化す。そこはサービスアップという言葉に埋もれて経営陣にはわからない。
私の見る限りでは、店によってルール分けされているようだが、場合によっては「全オーダー届ける」という店もある。せいぜい届ける従業員は2名ほどだからとても大変なのがわかる。

問題はまだある。
本来ファミレスなどの飲食店で、テーブルに料理を持って行くのには、必ずテーブル番号があるからそれができる。しかし、マクドナルドのテーブルデリバリーは、なんとテーブル番号は無く、番号が書かれた札を従業員が隅々まで廻ってそれを見つける。ぐるり廻って見つからないという場合もあり、どういうことになるのかと言うと、見つかるまで店内をウロウロする事になる。それは働いている従業員も大変だし、客からしてみると、席まで届けると言うから待っているのに、なかなか届かないという事になってしまうのだ。先の画像の大きめな番号札にはビーコンと呼ばれる電波装置が埋め込まれているのだが、日本ではまだそれを扱うだけの設備が備わっていない。つまり、準備を整えないままスタートしてしまったのだ。

ゲストエクスペリエンスリーダーはどうだろう。
矢継ぎ早にトレーニングが始まり、いきなり現場投入され、何をサービスしていいのか分からないという意見をとても多く聞く。実際のところ、溢れかえる客の誘導、ゴミのトレーを受け取る、テーブル拭き、席の確保、この辺が軸になっている様子で、格別なサービスを提供しているわけではない。ハイヒールを履き、シックなユニフォームで、高級感溢れる出で立ちだが、そこはファーストフード店だから、使う道具も、渡すものも無い。手ぶらでサービスを高めるのは容易なことではない。事実、サービスが開始され間もないというのに、現場を離れたいという声も少なからずある。

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そしてモバイルオーダー
これは偏に会社側の都合でしかない。オーダーテイクのタイムを短くし、より効率的に収益を高める以外にプラス要素が見当たらない。そして、この効率アップによって、料理を作る「生産性」と呼ばれる従業員に重い重圧がのしかかる。今の今でも忙しくててんてこまいだというのに、それを遙かに凌駕する注文の嵐が降り注ぐのだ。しかも、これから”EOTF”の最大のヤマ場である「キオスク」の導入も控えている。

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機械がオーダーをとり、スマホでもプレオーダーでき、効率を極める究極の忙しさを経験すること。それがある意味「未来型店舗体験」なのである。以前から労働者の取扱いは過酷なものがあるが、その極めつけが始まろうとしている。いや、もう始まっている。先に示したゲストエクスペリエンスリーダーについては、上から「決められた時間に必ず(おもてなしリーダーを)店に出しなさい」という命令が下りる。そうなると人手をやりくりし、やりくりがつかなければ、店長がそれをやっているようだ。何を言いたいのかというと、そこまで無理をしないと立ち居かなくなっているということだ。そこまでして客に訴求したい「未来型店舗体験」とは一体何なのだろうか。

私の総評はこうだ。

サービスアップは大変素晴らしい。
しかし、諸々の準備の時間を与えず、しかもこんなに一気に新機軸をやりなさいという今のマクドナルドはちょっとおかしい。
働く人々のハッピーとか、メンタリティとか、そんなものはどうでも良くて、そこままでして客にサービスしていこうというスタンスは、ちょっと狂想的に感じるところがある。
そもそも、世界のマクドナルドの経営が傾いた最大の理由は「昔のやり方に拘りすぎて進化しなかった」からだと思っているが、かと言って、こんな急激に様々なものを変え、忙しさを極めるような働かせ方ばかりでは、一時的に儲かるかもしれないが、人は去るだろう。そしてホスピタリティはどんどん枯れていく。

未来型店舗体験。
他にも様々な問題がある。それはまたいずれ書く事にする。

マクドナルド感を示すものとは

マクドナルド感

私が関係者との交流の中で、よく聞く言葉だ。
でもそれって一体何だろう。

マクドナルドはハンバーガー屋さん。
だから中心にあるのは、ハンバーガーかもしれない。
しかし私はそう思っていない。

マクドナルド感を醸すものとは、食べものからくる味や匂いといった「五感」で感じるものでもあるけど、私はそれが「人」にあると思っている。

会社が大きすぎて、経営が傾いては再建のメスを入れ、その度に少しずつ姿形が変わっていく。
店に入ったときの空気、クルーの眼差し、客の表情、その全てにおいて変化を感じている。
不祥事などで客が離れ、売上利益という結果が出ない、そして人の倍働く、結果少しずつ黒字化してくる、その先に残されるものとは何だろうか。

人によってイメージはそれぞれ違うだろうが、私の持つマクドナルド像とは、「楽しく、明るい空間」だ。
それを演出するのはハンバーガーだけではできない。
「人」にこそ、それを演出することができる。

マックアドベンチャーの紹介動画だが、この中に登場する赤い服の女性。
現在においては、こんな雰囲気が、唯一残された「マクドナルド感」ではないかと思う。
気張らず、自然に、心地良い、人をもてなす姿にある。
答えは、作り笑いではない「子供達の笑顔」にあると思うのだ。

来店の挨拶する、注文を受ける、商品を作る、テーブルを拭く、ゴミを片付ける、掃除する、退店の挨拶をする…。
これもまた、大事な日々のルーティンであるし、足りないとあまり宜しくない。
しかし、国内に3000店もある店において、ほとんど同じ商品を、同じ調理法で、寸分狂わない同じ味で提供したときに、その中から「お気に入りの店」として選んでもらうためには、何が必要なのかということだ。

売上利益最優先で、人としての魅力が削がれてしまってはいないだろうか。

タイムを縮めて、少しでも多くの客を捌き、キャッシュを求めるのは企業としての正義ではある。
しかしそれはどこでもしている事であるから、店のファンを増やすことには直結していない。
いやむしろ、ファンがファンでなくなるのかもしれない。

毎日パソコンの画面で、数字だけ追っている経営者、管理者は、おそらくそれが分からない。
やればやるほど、目の前のキャッシュに目が眩み、店はどんどんマクドナルド感を失っていく。

この動画を観ていると、私はこういう感情を抱く。
「あの頃のマクドナルドは良かった…」
老人の懐古主義というわけではない。
最もマクドナルドらしさに溢れていた時代だと思うし、年々その魅力が薄れているのを実感しているからこそ、そう思えてならない。

クルー満足度が低いのに、顧客満足度が上がるわけがない。

そういう意見もある。
それこそ、前述の「売上利益」を求めすぎた結果だと思う。
そしてこの言葉の裏には、「私たちはもっと顧客満足度を高めたい」という強い意志を感じる。

マクドナルドは人気者だ。
しかし、その人気とはどこから生まれるのだろうか。
長い時間を経て、人々が愛する存在になった一番の理由とは。
今、その長い時間を経て出来上がったものが壊れ始めている。

SNSで過剰に演出し、客足が戻ってきたなんて考えるのは間違いだ。
マクドナルド感を支える「人」がいなくなったとき、それこそ取り返しのつかない客離れが起きるだろう。

もしかしたら、それはもう始まっているのかもしれない。